大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和37年(く)8号 決定 1962年5月09日

少年 K(昭二〇・一・一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は、末尾に添附した「抗告申立」と題する書面記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は、次に示すとおりである。

そこで、少年に対する本件窃盗、恐喝保護事件の記録並びにこれに添附されている少年調査記録を調べると、少年は学業を嫌つて小学校五年で中途退学した後、家事の手伝などをするうち、近隣の不良児童との交遊のため、十一歳頃から窃盗、恐喝等の非行歴が始まり、十四歳のとき窃盗三件恐喝一件等の非行により、昭和三十四年四月二十一日保護観察に付されたが、その後、犯した暴行、強制わいせつ等保護事件の非行も、昭和三十五年十一月七日に、又さらに犯した銃砲刀剣類等所持取締令違反保護事件の非行も、昭和三十六年四月七日に、ともに前記保護観察中であつたことのために不処分の決定を受けていたのにかかわらず、右保護観察の継続中、重ねて原決定が罪となるべき事実として摘示したとおり、他の四名ないし五名と共謀の上、昭和三十七年二月一日午後六時三十分頃から同七時二十分頃迄の間三回に互り及び同年同月三日午後八時四十分頃から同四十五分頃迄の間二回に互り、いずれも路上で通行中の婦人から同女等が手に提げていた現金等在中の手提袋等をむりやりにひつたくつて窃取し、又は通行中の婦人や十一歳位の児童等を威して現金等在中のハンドバック、懐中電燈等を喝取したという、窃盗三回、恐喝二回の各非行を敢えてしたものであることが認められるばかりでなく、鑑別の結果に徴しても、少年の性格及び行動傾向は意志薄弱で、自己統制力が弱いため短絡的な行動に出でがちであり且つ知能指数も限界に在つて精神面の発達も遅れて居り、気分が変り易く、内省的傾向の乏しいことが認められるし、その他記録に現われた少年の家庭環境、生活史、経歴、近隣、交友関係など及び本件各非行の動機態様などを考え併せると、少年は社会的規範との衝突を招き易く、今後も同様の非行を当然に予想させるものがあつて、家庭的な保護関係も信頼性に乏しく、又環境的にも資質的にも少年の在宅補導は到底困難であることが窺われる。

この点について、所論に鑑み、当審で取り調べた証人吉本武治、同橋本金太郎のそれぞれ供述するところに徴しても、少年が、昭和三十四年四月以降保護司である右吉本武治の直接保護下に在つたのにかかわらず、非行が相当に固定化しておることや、その他家庭及び近隣の環境、交友関係などから非行の反覆性が容易に予測されることの前記のとおりである状況に対比して、未だ以て少年の在宅補導が全うされ、その更生が期待できるものとは考えられない。

従つて、少年の性格を矯正し社会性や道徳性の発達を促して社会適応性をはかり、以つてその保護を全うするためには、この際一定の期間、少年を施設に収容して、秩序ある規制の下に、適正な矯正教育を実施する必要があるものといわなければならない。

してみれば、これと同旨の下に少年を中等少年院に送致すべきものとした原決定の処分は、まことに相当であつて、その処分が著るしく不当のものということはできないので、抗告人の本件抗告は理由がない。

よつて、少年法第三三条第一項後段の規定に則り、本件抗告を棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大曲壮次郎 裁判官 古賀俊郎 裁判官 中倉貞重)

別紙

抗告申立

窃盗、恐喝 K

右少年に対する右非行審判事件につき昭和三十七年三月十五日福岡家庭裁判所小倉支部において右少年を中等少年院に送致する旨の決定が告知されたが右決定は全部不服であるから抗告の申立をする。

抗告の趣旨

原決定を取消す。

本件を福岡家庭裁判所小倉支部に差戻すとの御裁判を仰ぐ。

抗告の理由

原裁判所が少年を中等少年院に送致する旨の決定をした処分は著しく不当である。

一、原審における本件担当小溝調査官の調査報告書により明かなとおり少年の住居する小倉市富野○○町一帯はその環境が悪く従来少年を補導する気持がない為同町の少年は非行に陥り勝ちであり少年自身の責に帰する丈では同町少年の浄化を計ることが不可能な状態にあつたので最近同地域担当保護司吉本武治氏は之を痛く憂慮し右○○町在住有志に呼びかけ子供会を組織し少年の善導に専念している。

少年Kは以前非行を為した右吉本武治保護司の保護下にあつた関係上右吉本氏は愈々責任を感じ右子供会結成後間もなくの非行であつた為Kが中等少年院送致になると右子供会の発足に重大な支障を来すことになるのでK少年の為のみでなく少年等全体の為に是非共もう一回丈保護観察にして戴き○○町子供会を育成してゆく積りでいる。

Kを今少年院に送ることは右○○町子供会全体を失望させることになりKをもう一回観察処分にして載けば○○町全体の成年子供共に子供の善導を目的とする○○町子供会の育成に精励し同町環境浄化に貢献すること著しいと断定しうる。

少年院が非行少年を補導育成させる目的で設立されていることは論ずるまでもないことであるが少年が少年院に入ればその目的とは逆に増々悪化していく事実も否定することができない。少年在住の○○町において担当保護司指導の下に折角結成された成年子供一体の子供会を無にすることなく少年院送致にするよりは寧ろこの自発的に結成された○○町子供会監督の下に担当保護司の補導を受けさせる方が少年個人の更生を計ることになるし又多数の非行に陥り易い少年の非行防止策になることは疑ない。

右趣旨のことを小倉市富野保護司吉本武治氏は別紙御願いと題する書面に認めているのでこれを添付する。

二、本件非行事実は前後五回に亘つているが実質的には昭和三十七年二月一日午後七時前後三回、同年同月三日午後七時四十分頃二回であつて二回の非行があつたものと言うことができる。

不幸中の幸なことには五回共被害軽微にして本件少年が自身で領得したものは一物もない。

又本件犯行の動機も至極単純にして共犯者の一人久○○行が映画見物の帰りに誘いかけたので軽い気持で之に追従したまでのことである。

三、非行後少年の両親もその監督が足りなかつたことを悔い被害者方を全部訪れ詫びたところ各被害者共大変気の毒に思い気持よく嘆願書を提出してくれたので右嘆願書を添付する。

四、少年の両親も承諾の上右少年は近い将来小倉市○○町×丁目××橋本金太郎の娘橋本貴美子と結婚の挙式をすることになつており橋本親子も之を楽しみにしているとき本件不運に見舞われたので悲嘆に暮れている。しかし橋本父子共この為結婚の希望を捨てた訳ではなく少年の更生を念願しているので此の意味でも是非共少年を保護観察に付するよう御裁断仰ぎたい。

右娘の父橋本金太郎の嘆願書は別紙添付する。

五、近隣の人々も少年及びその一家に同情し是非今回限り少年方自宅で生活できるよう取計つて貰いたいことを念願している。

特に小倉市市会副議長久保美善氏同市会議員宮崎助次郎氏等の知名の士も最近少年居住小倉市○○町における少年の補導が如何に重要な社会問題であるかに着眼し同町子供会を通じ子供特に非行少年虞犯少年の指導に尽力している関係上嘆願書を認めたような次第であるから近隣者一同及び右前記二名の市会議員の嘆願書をも添付する。

六、本少年の更生及び本少年を含む○○町子供会の前途の為今回限り本少年に対しては保護観察処分に付せられたい。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例